大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和21年(ワ)874号 判決

原告 大阪勇二

被告 臼田強

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二万四千三百円及びこれに対する昭和二十年一月一日より完済迄年六分の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求原因として、原告は昭和十九年十二月十二日頃疎開荷物として其の所有に係る冬物中古オーバー一着外衣類等合計九十七点を山梨縣北巨摩郡大泉村小池弘幸方へ発送するに際し、当時東京都神田区佐久間町四丁目十六番地に大東社なる商号をもつて運送及荷造の請負等を営業としていた被告に対し他人を介し右疎開荷物の荷造及荷造後駅に差出す迄の手続を依頼したところ、被告はこれを承諾し、同月十五日被告の使用人訴外島田正之助をして、右物件を竹行李一個茶箱一個木箱一個合計三個に梱包した上原告より引渡を受けしめ原告は同日被告に対し右荷造費用駅迄の運搬料及貨物申告手数料として合計金八十円を支拂つた。然るに右島田は原告に無断で右疎開荷物の荷受先を変更して他へ発送したので右荷物は現在に至る迄前記荷受人方に到達しない。依て被告が右物件をすでに占有していない以上本件契約は被告の責に帰すべき事由により履行不能に陥つたと謂うべきであるから原告は右物件に代るべき損害賠償として被告に対し右物件の本件訴状提出当時の時價合計金二万四千三百円竝に之に対する昭和二十年一月一日以降(本件疎開荷物はおそくとも昭和十九年中には被告の占有を離れたものである)完済迄商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支拂を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として原告主張の事実中被告が原告主張の当時原告主張の営業を営んで居た事実及被告が現在原告主張の物件を占有していない事実は認めるが、その余の事実は全部否認する。島田正之助は被告の使用人ではないと述べ、抗弁として仮に右島田のなした行爲につき原告が責任を負うべき関係にあるとしても、島田は原告の代理人である訴外渡部修次の指図により本件荷物の送先を千葉縣木更津市と変更して発送したものであるから、島田從つて被告は本件運送取扱に関し何等の過失なく被告に対し損害賠償の責任を負うべき理由がないと述べた。<立証省略>

三、理  由

被告が運送取扱営業を営んでいることは当事者間に爭のないところである。そこで証人大坂キヨ同島田正之助同渡部修次及原被告各本人の各供述を綜合すると、原告は昭和十九年十二月十二、三日頃本件衣類その他の物件を疎開しようと思い、当時の隣人渡部修次の斡旋により訴外島田正之助に右物件の荷造り駅迄の運搬竝に駅に差出の手続を依頼したところ、島田はこれを承諾し、訴外池田忠次、細谷三藏を原告方に派して右荷物を荷造せしめた上これを受取り、四、五日を経てこれを鉄道に托して発送したこと原告は右荷物の荷造費用運搬料其他手数料として金八十円を島田に支拂つたことが認められる。原告は右島田は被告の使用人であるから被告は右契約上の債務に付てその不履行の責に任ずべき旨主張し、被告はこれを爭うので、先づ此の点に付考えるに証人島田正之助同渡部修次同大坂キヨの各証言及原被告各本人訊問の結果竝に甲第一号証(証人島田正之助の証言によれば同号証は島田が被告の事務員大西某に作成せしめ「大東社」の印を押捺せしめた上、自ら「島田」の印をその下に押捺したものと認められる。右「大東社」の印が被告使用の印なることは当事者間に爭なし)の記載を綜合すれば被告は昭和十六年頃より昭和二十年三月空襲に因り罹災する迄当時の神田区内に於て大東社なる商号を以てリヤカー等による荷物の運送及荷造の請負等を営業として居たこと、島田は被告の雇人として右営業に從事して居たが、本件契約当時は自ら独立して他人の依頼により荷物の運搬荷造の引受等を業とする様になつていたが、其の営業に付ては当時被告の商号たる「大東社」名義を使用し、運搬料荷造料手数料等の請求受領等はすべて大東社即ち被告の商号を以て之を爲して居たこと、被告は島田が右の如く被告の商号を使用することを知りつつ之を黙認し島田より同人の受領した收入の一部を歩合として受取るのを例としていたこと、本件契約に付ても島田は本來自ら原告より依頼をうけたのであるが、右の例に倣い被告名義を使用し被告の事務員をして大東社名義の荷造り料等預り証(甲第一号証)を作成せしめて自ら原告に交付して右荷造り料等として金八十円を原告より受領していること、右の如き関係から原告としても本件契約の相手方は終始大東社即ち被告なりと信じ、島田は單に被告の使用人乃至は代理人なりとして交渉して居たことを夫々認むるに十分である。しかも前記甲第一号証の作成の如きも被告が日頃から島田自身の営業に関して大東社名義の受領証乃至請求証を発行することを黙許していた慣例の表われであることは証人島田及被告本人の供述に徴し明らかに認められる所である。

以上認定の諸事実に照すと被告は明らかに島田に対し被告の営業上の名称を使用して前示の営業をすることを許諾していたものと認むべきであつて、原告は被告を当該営業の営業主なりと誤認して本件契約を結んだものと認められるから、被告は原告に対し島田と連帶して本件契約上の債務を履行すべき義務があり、從つて島田の過失による債務不履行に付てもその責に任ずべきことは商法第二十三條の法意に照して疑なき所と謂わねばならぬ。

而して被告は仮に右の如くとするも、島田に何等過失なき旨抗弁するので進んでこの点に付判断する、証人大坂キヨ同渡部修次及原告本人の各供述によれば、原告は当初本件疎開荷物を山梨縣北巨摩郡大泉村小池弘幸方に向け発送すべく、同所宛荷札を付して前記細谷、池田両名に引渡したこと、然るに訴外渡部修次は当時原告に対し約一万円前後の貸金債権を有していたが其の返済に付き原告が何等誠意を示さなかつた折柄、偶々本件契約の斡旋を原告より依頼せられたのを奇貨として本件荷物を債権の事実上の担保として押えようと考え、両名への引渡直後その荷受先を千葉縣木更津櫻井町五十嵐方に変更したる荷札を自ら作成して島田に交付して宛先変更を依頼したこと、島田は上述の事情を全く知らず、原告の意思に出でたものと考え、直ちに承諾して右の如く宛先を変更して発送の手続をなしたこと、その結果現在に至る迄本件荷物は前記山梨縣の荷受人方に到達して居ないことが、それぞれ認められ、以上の点に反する証人島田正之助の供述部分は措信しない。そこで右の宛先変更の行爲に付果して島田に故意過失ありと謂い得るやが問題となるので、この点に付審究するに証人大坂キヨ同渡部修次同島田正之助及原告本人の各供述を綜合すると本件契約に際し、島田は当初より原告とは全く面識がなかつたが当時同番地に居住して親しい関係にあつた渡部より依頼されたので特に優先的に本件荷物の運送取扱を引受けたもので、原告は当初より專ら渡部を通じて島田に本件運送を依頼したのみならず(もつとも原告は渡部と共に一度島田を訪ねたが留守のため同人に面接出來なかつた)その後数度にわたり島田に対し荷造り及び運搬の実行方を督促したのもすべて渡部を通じてであり、右の渡部の督促の結果島田が細谷池田両名を派遣して荷造り及び運搬を爲すに至つたこと、而も渡部は当初何人が依頼人なりや荷物の所在場所は何処なりや等を明確にしなかつた爲め細谷、池田の両名は渡部を依頼人と信じて同人方に赴きたるところ、初めて荷物が原告方に在ると言われて同人方に赴いて荷造をするに至つたが依頼人が渡部なりや原告なりやは必ずしも右両名には明確ならざりしこと、而して島田は右荷物引取後間もなく渡部の指示により前記の如く宛先を変更したことがそれぞれ認められる。右の諸事実によつて見れば、島田は本來渡部との個人的関係に基き本件運送を引受けたものであり、契約の斡旋を受けたのみならず其の実行に付ても渡部より指示乃至要求をうけていたのであり、而も此等は何れも原告の依頼に基き渡部の爲した所であるから荷物の宛先の変更に付ても渡部の指示に疑を抱くことなく之に從うのが当然の措置であつたと考えられる。もとより島田自らの供述によるも原告に宛て前記甲第一号証を発行しあること竝に細谷、池田両名も原告方に於て荷造をなしたことは孰れも島田が右両名よりの報告によつて了知していたものと認められるから、本件荷物が原告の所有に属し原告が依頼者であることは島田に於て之を知り得たものと認め得るが、前記認定の如く渡部が本件契約を斡旋したのみならず其の実行の指示又は要求をして居た関係よりすれば島田は特に渡部の不法なる意図を知り得たと認むべき特段の事情乃至は島田の態度を疑わしむるに足る特段の事情の存せぬ限り(以上の如き事情を認むるに足る証拠は存しない)一々原告本人について之を確める迄もなく渡部の指示即原告の指示と考えて之に從つたとしても島田が小規模の運送人であり且本件の目的物が当時に在つては左まで高價ならざる所謂疎開品なりしことを考慮に入れると運送人として島田に過失の責むべきものありとは認められない。其他島田竝に被告に於て本件契約の履行に関し過失ありと認むべき何等の証拠も存しない。以上の如くであるから、被告の抗弁は理由あるに帰し、依つてその余の点に付判断するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 鈴木忠一 恒次重義 田辺公二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!